

2026/2/19-24に開催した初個展。この個展は東京の西側に住みながら東京都心に関心と憧れを抱いた作者が、東京都心を観測、特徴を抽出し作品化を試みた2019年から始まる「東京観測」シリーズをテーマとしたものである。本作は東京に多数ある街から作者が興味を抱いた街を任意に選び、街ごとに作品を作るというシリーズだ。2019年に制作した「東京観測 -AKIHABARA-」「東京観測 -SHIBUYA-」に加えて、新作「東京観測 -SHIBUYAⅡ-」「東京観測番外編 街よ安らかに眠れ」の4作品を展示した。(支援: 令和7年度文化庁メディア芸術クリエイター育成支援事業) 【ステートメント】 東京西部に育った私と都心 東京。数々の名曲が「東京」を歌うように、この場所に魅了されやってくるものは後をたたない。やってきた人々は東京の一部となり、その姿かたちは刻々と変わっていく。人々の夢や欲望は技術を研鑽させ、その技術はあらゆる面で東京を限りなく理想郷へと近づける。そしてまた別の人々がその姿に引き寄せられ、彼らは自らの欲望を叶えようとし、それを養分にさらに東京が育つ。だが、この構造が成り立ち、急速に進んでいるのは昔から都心部である。多摩北部に育った私は東京の内部に居つつ、その構造を一番近くの外部から傍観してたともいえる。しかしながら私もその魅力に取り憑かれてしまった一人である。私自身は東京西部、立川市の出身だ。立川は便利だ。住み心地の良い住宅街やスーパーマーケット、駅に近づくと映画館もあればデパートもあり、大きな公園、ゲームセンターにカラオケ、最近では IKEA やららぽーとまでできて遊ぶにも暮らすにも困らない。むしろ快適で素敵な街である。しかし、何かが足りない。例えば服屋、都心にある同じお店と比べると明らかに種類が少なく売れ筋しか置いてない印象を受ける。街並みも都心と比べるとこれといって特徴のある建物もなくプレーンなものだ。小さいころから都心に行って立川に帰ってくるたび私は、その違いを肌で感じ都心への憧れを募らせていった。その反面、通っていた高校、大学ともに多摩地区、大学院は横浜という都心に縁のない生活をおくった私は都心に対するコンプレックスも抱いた。現在は念願の渋谷勤務だが入社当時はコロナ禍真っ只中であり、誰もいない渋谷はまた私に違う刺激を与えた。都心に通えば通うほど一刻も同じ形を保たないその姿に飽きることはなく、面白みは増していく。何が私をここまで都心にかきたてるのか、その魅力の正体は何なのか。その疑問を解決するため私は都心を自分の足で歩いて観察し、それぞれの街にどのような特徴があるのか抽出、それをメディアアートという形にすることを試みた。極めて個人的な制作動機と、観測という客観的手法が組み合わさることで制作は展開している。 メディア風景画としての「東京観測」 「観測」という言葉の意味は天文学、気象学などの用語として「自然現象の推移や変化を観察したり測定したりすること。」と「様子を見て、成り行き(起きるであろうこと)を推し測ること。」の2つの意味がある。言葉としても「希望的観測」など、どちらかといえば「観測」は現在から未来を見据えている言葉だ。私は現代の東京を観測して、かつその姿を描きたいと考えている。そこには私がその都市を訪れて抱いた感情、感覚、印象、心が動いた瞬間などが多分に含まれており、それに合ったメディアをそれぞれ選定している。よってこの作品群は東京を描くメディア風景画の印象派だと私は主張する。




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